「ふう、こう雨ではたまらんな……」
 十数分前から降り出した通り雨に遭い、私は有無を言わずに遠野市立博物館へと駆け込んだ。
「おや、随分と早い帰りだな。まだ昼にもなっていないぞ」
「この雨では調査をする気にもなれんよ」
 先日ようやく霧島家に居候する条件を満たしたので、今日は朝から遠野の散策に出掛けた。霧島女史の車に乗せられ博物館まで行き、そこを起点として散策を始めた。しかし梅雨時の不安定な天候により、途中で中断せざるを得なかった。
「フフ、私の父ならば雨など関係なく調査をしていたものだがな」
「その行為は素直に敬服するな。とてもではないが私には真似られん」
 仮に私自身が研究や調査で飯を食っている立場だったとしても、そこまで情熱的にはなれないだろう。どうも物事にそれ程までの情熱を注ぎ込むことが出来ない性分らしい。
「まあ、研究熱心なのはいいが、そこまで情熱的なのもかえって困るがな……」
「まるで何かを言いたそうな物言いだな」
「いや、何でもない……。ただ雨の日は普段より感傷的になるだけだ……」
 未だ激しく雨が降り続ける外に目を向けている女史の目は、まるで過去の振り払いたい記憶を思い起こしてるかの様だった。
 雨というものは、小説などの感傷的なシーンにはよく感傷の心を表わす象徴として降っているものだ。心の温かさを雨で象徴するというのはあまり聞いたことがない。雨というのは自然と人の心を感傷的な方向へと導いて行くものなのだろう。


第五話「嵐と太陽」

「ところでどの辺りを散策して来たのだ。奥でコーヒーでも飲みながら詳しく聞かせてもらいたいものだな」
「良いのか? カウンターで来館者の対応をしなくても」
「少しくらい外しても問題ない。今日は平日だから人はあまり来ないからな」
「そんなに来ぬものなのか?」
「高齢者を対象とした旅行ツアーの団体が時々来るくらいだな。平日の日はそんなものだ」
 女史自らが自己責任においてこの場から離れるなら別に構わないと思い、私はカウンターの奥の事務室へと入って行った。
「で、どの辺りを散策して来たのだ?」
「まずこの博物館を真っ直ぐ南へ行った鍋島城跡という所に行った。城跡だけに得られるものは皆無に等しかったがな」
 奥の事務室で入れ立てのインスタントコーヒーを召し上がりながら、私はつい先程までの足取りを話した。入れ立てのコーヒーはインスタントと言えども、冷え切った私の身体を温めるには充分な温かさと旨味だった。
「ふむ。で、その後は?」
「朝方女史に貰ったガイドマップを頼りに近隣の神社に向かおうかと思ったが、その途中で通り雨に遭いここに戻って来た次第だ」
「そうか。しかしそちらの方に行くとは、一般の観光客とは異なる歩き方をしているな」
「ほう。では一般の観光客はどういう歩き方をしているのだ?」
 別に私は観光目的で遠野に来ている訳ではないが、一般の観光客がこの地の何処に興味を付けているかは、一応気にはなった。
「そうだな。歩くといってもバス移動が常だが、この博物館や川を挟んだ向かいの昔話村、それとカッパ渕という所だな」
「カッパ渕?」
「名前位は聞いたことがあるだろう。遠野といえば遠野物語も有名ではあるが、世間一般的には河童の方が有名だからな」
 言われてみれば遠野駅には河童をキャラクター化した絵や河童の銅像など河童を象徴したものは多々見掛けたが、遠野物語に直接結びつくものはあまり見掛けなかった気がする。
「この博物館から国道340号線を北東に車で約10分、常堅寺という寺の裏手の川にカッパ渕と呼ばれる場所がある。嘗てそこには河童が住んでいたと言われ、一目その姿を見ようと観光客の後が絶たない。
 もっとも最近では地元のケーブルテレビがカッパ監視カメラなどと滑稽な物を取り付けたりしているが、河童の姿を実際に見たという報告は一度もないな」
「そんなものであろう。河童も含め空想上の動物など人間の想像から生み出された産物の域を出ぬものだろう」
「確かにそうかもしれないだが、誰も見たことがないから存在しないという訳でもない。もしかしたなら存在するかもしれないし、仮に存在しなかったとしても、元となった存在や伝承は必ず存在する筈だ」
「成程」
「確証の取れない存在や伝承の真実を探る。それが我々の仕事だ……。もっとも、この言葉は父の受け売りだがな……」
 雨の影響なのだろうか? どうも先程から女史は感傷的になっている気がする。
「それよりも滑稽な物といえば城跡の近くに面白い物があったな」
 何となく場の空気を変えなければならないと思い、私は話題を振った。
「ほう、収穫は皆無に等しいといっても得たものはあったのか?」
「『非核宣言の証』みたいな碑だ。もっとも、収穫にもならん嘲笑の対象でしかなかったがな」
 全く持って馬鹿げた碑だと思った。非核宣言をすれば核の被害に遭わないとでも思っているのだろうか。大体この遠野が非核宣言をしているなどと世界中にどれだけ認知されているのだ?
 他の国に非核宣言が知れ渡っていないならば、例え日本の中で知れ渡っていたとしても、いざ有事となり万が一にでも核の使用に至ればそのような宣言をしていた所で全く無意味だ。落とす相手は遠野が非核宣言している事など全く持って知らないのだから。
 仮に非核宣言が世界中に知れ渡っている中での核使用だったとしても、非核宣言をしている街を攻撃した事で生じる国際的非難は幾許のものか?
 もっともこのような無意味な碑が如何にも意味があるように建てられるのは、平和、非核を念仏のように唱えていれば自ずと平和が訪れると頑なに信仰する空想平和主義教とも形容出来るイデオロギーが、戦後の日本を覆い尽くし大半の国民をその信者に仕立て上げてしまった結果なのだろう。
 日本人とは伝統的に南無阿弥陀仏と唱えているだけで幸福が訪れると思っている民族なのだろうか?
「何を根拠に嘲笑の対象と見たかは分かりかねないが、碑というものをあまり馬鹿にするものではないぞ」
「別に私は碑を馬鹿にしたのではない。碑に込められた中身のない空虚な言葉を唱え続ければ平和が来るとでも思っているあさはかな思想を愚かだと思っただけだ」
「フム。だがな鬼柳君、日本には古来から言霊思想というものがある。言葉には神秘的な霊力が備わっているという考え方だ。そもそも人間の感情や想いを具体的に伝えるには言葉という手段しかない。
 つまり人の言葉というものには少なからず発した人間の感情や想いが込められているということだ。魂というのを人の感情や想いの一欠けらと仮定するなら、確かに言葉というのには魂というか霊力が込められていると言えるかもしれない。
 君の言う通り、確かに口で平和を唱えているだけでは平和は来ないかもしれない。だが、その平和という言葉に強い想いを込めてるのなら、例え二文字に過ぎない抽象的な言葉であっても他人に自分の想いを伝える事が出来るだろう。
 そしてその言葉に共鳴するものが見つかり、次第にはその中から具体的な解決方法が見つかる場合もある。単純な言葉でも人の想いの一部が込められているのなら、それが何かしらのきっかけにはなるのだ。だからどんなに些細な言葉でも嘲笑などするものではない」
「フ、私の負けだな。確かに平和という最初はたった二文字だけの言葉が兵器の廃絶や戦争の全否定にも繋がる事があるだろうな」
 しかし、だからといってこの国の平和主義者を見直す訳ではない。平和宣言を発するのは言霊と言えるかもしれない。だが言霊思想というものは一種の精神論である。
 彼等平和主義者は口々に戦前の日本の精神論を否定する。神の国だから日本は負ける筈がないと根拠のない精神論を唱え続けていた事は愚かしい事だったと。
 だが、相対的に見れば彼等が行っている行為は、戦前の日本人と同様に言葉を唱えていればいずれ結果が出ると信じている点ではまったく同じではないだろうか。そんな彼等が精神論を否定する事は、自分の足元を見ないで自己否定をしているに過ぎない。
「もっとも、君の言う通り非核宣言をしてもそれを諸国へ伝えなければ何も意味はないだろう。それに碑を建てた行政は宣言とその証である碑を建てただけで安堵し、具体的な行動は何一つ行っていない。そういった意味ではこの街の非核宣言は空虚なものなのかもしれないな」
「む、もう飲み終わっていたか」
 論戦に夢中になっていて気付かなかったが、目の前に差し出されていたコーヒーは既に飲み干されていた。
「さてと、では私はそろそろカウンターに戻るとするか。鬼柳君、君はこれからどうするのかね?」
「雨も止む気配もないしな、悪いがここで暫し眠りに就いていようかと思う」
「そうか。何なら博物館の中を見物させてやってもいいが」
「宿代と飯代をタダで賄ってもらっているのだ。これ以上は例え二束三文でも無償にされるのは気が向かんな」
「そんな寝心地の悪いソファーの上でも良いと言うのなら、好きなだけ寝ていてくれ」
「世話になるな」
 そうして私は聖女史が過ぎ去ったのを確認し、固めの寝心地のよいとは言えないソファーの上で軽い眠りに就いた。



『いいぞ、ベイべー! 逃げる奴はベトコンだ!! 逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ!! ホント、戦場は地獄だぜ! フゥハハハーハァー』
「ねわっ」
 機関銃を乱射しながら叫ぶ気が違った声に圧倒され、私は目覚めた。
「起きた?」
「ちいっ、またきさま……ぐほえっ!」
 突然振り掛かる正拳突きにより、私は深々とソファーに減り込まされた。
「まったく、相変わらず学習能力ないわねぇ〜」
「何だと! 私にとて学習能力の一つや二つはある! 行け、ファンネル!!」
 真琴嬢が私を起こすのに使った目覚し時計を、私は咄嗟に法術で真琴嬢目掛けて投げ付けた。
「成程。確かに少しは学習能力があるようね。訂正するわ」
「なっ、受け止めただと!?」
 咄嗟の出来事で受け止められないと思っていたが、驚いたことに真琴嬢は表情一つ変えずに目覚まし時計を受け止めた。
「人形より明らかに重いものをその場の感情に任せたとはいえ、見事に飛ばして見せたわね。たった数日でこれだけのことを行えるようになるなんてね……。
 その素質、潜在能力の高さ、やっぱり兄様の言う通り……」
(……?)
「だけど、無闇やたらに物を投げ付けるのは関心しないわね。もしこの時計を壊したりでもしたら貴方の命の保証は出来なかったわね」
「ほう、どう保証せぬのだ?」
 一瞬真琴嬢が何かを言いたそうな動作を見せたが、一転し私を挑発するような言葉を放った。私はその挑発を買ったかのような言動を見せた。
「そうね。ちょっと表いいかしら?」
「むっ、外は雨ではなかったか?」
「そんなのとっくに止んでるわよ」
 真琴嬢に続き、私は博物館の外に出た。外は晴天とはいかぬものの、時折太陽が顔を覗かせていた。どうやら寝る前に降っていた雨は、やはり通り雨だったようだ。
(しかし展開からして一騎討ちで証明するという所だろうな……)
 もっとも真琴嬢は一般の女性よりは力があるだろうが、私は負ける気がしない。それに万が一不利な展開になった場合は、また法術で何かを飛ばせばいい。仮にその展開になったなら今度は複数飛ばす事にしよう。先程は見事受け止められたが流石に複数は避け切られないだろう。
「こっちよ」
 真琴嬢が手招きした場所は鍋倉城跡だった。成程、かの地ならば広々としていて一戦を交えるには最適の場所だろう。
「さてと。往人さん、そんなに殺気を立てる必要はないわよ。別に貴方と戦う為にここに呼び寄せた訳じゃないし」
「ほう。では何をする為だ」
 てっきり一騎討ちを挑む為に呼び寄せたのかと思ったが、どうやら違うらしい。もっともそれならそれで何故呼び寄せたのかが改めて興味が湧く。
「ええっと。この位のでいいわね」
 真琴嬢は何やら辺りを見回し、適当な石を拾った。
「以前貴方にわたしも力を持っているって言ったわね。今その力を見せるわ」
「フッ、それは楽しみだ」
 力を見せるといった瞬間、ある高騰感が私の身体を駆け巡った。この少女は自分と同じ力を持っているのか、それとも……。



「はぁぁぁ! わたしのこの手が光って唸る、貴方を倒せと輝き叫ぶ……」
 ピィィィ――
(!?……何だ、この感じは……?)
 真琴嬢が呪文めいた言葉を唱えた瞬間、私の脳を一種の超音波が過った。
「砕け! 必殺! シャァァァイニング・フィンガァァァァァ!!」
 バキィ! パラパラ……
 頭を過った超音波に困惑していた最中、真琴嬢の手に掴まれた石は粉々に砕け散っていた。
「これがわたしの力よ。どう? 石を粉々に砕けるくらいなら、拳の威力で肋骨をへし折るぐらいどうってことはないわよ」
 確かにそれ程の力があるなら肋骨は簡単に折れるだろう。そして折れた肋骨が肺などに刺されば、それこそ命の保証はないだろう。しかし今の私にはそんな事はどうでもよかった。
「ハハハハハ……。面白い、面白いぞ! まさか私以外にも力を持つ者が存在していたとは!」
 常人に石など砕ける訳がない。かといってトリックを使った形跡もない。石が本物の固い石ではなくプラスチックなどのレプリカという場合もあろう。
 しかし真琴嬢は予め実演しようとしていたのではなく、私との話の流れからここに呼び寄せて実演したのだ。ポケットから出していた形跡もなく、そんなに都合良くレプリカの石を使える筈がない。よってこの場合、トリックの可能性は皆無に等しい。
 いずれにせよ、今の私は未知の力を体験したことによる滞りのない高騰感に舞い上がっていた。
「だが、そう来たからにはこちらも黙ってはいられんな。今度は私の力を見せる番だ」
「そう、それは楽しみね」
「スゥ……ハァ……スゥ……ハァ……」
 私は呼吸と整え意識を集中させた。周囲数メートルにある石がすべて自分の分身であるかのように思い込ませた。正直複数の石を飛ばせる自身はなかった。だが、今なら飛ばせる気がしてならない。
「飛べ! 我が意思の衝動よ! ストーン・ファンネル!!」
 私の法術は思い通りに発動し、辺りの石は舞い上がり真琴嬢目掛けて一斉に飛んで行った。
「甘い!」
 だが真琴嬢は10や20はあるであろう大小様々な石を軽く交わした。そして避けられた石は行き場を失い、地上に落下した。
(なかなかやるな……。直線を描いた一方向からの攻撃は当たらんか……)
 もしかしたら真琴嬢は私以上の能力者かもしれない。直感的にそう思った。いずれにせよこのままでは避けられ続けるまでだ。攻撃の軌道に変化を付けなくてはならない。
(すべての石のタイミングが同じだから当たらんのだ。まとまった意思ではなく、石一つずつに意思があるかのように……)
 より意識を集中させ、石の一つ一つがまるで自分の手足であるかのように念じた。するとどうだろう、落下した石は再び宙に浮き、そして直ぐに向かうのではなく、真琴嬢の辺りを衛星状に漂い続けた。
「へぇ、驚いたわね。まさかこんな短時間でそこまで出来るようになるとわね……」
「感心している暇など与えんよ。悪いが今度はさっきのようにはいかん。ハァァ! 舞え! そして散れ!」
 そう言い放つと舞い上がった石はそれぞれがそれぞれに不規則な軌道を描き始めた。
「行けっ! 流星の如く!! 我が力の衝動よ!!」
 まるで流星が落下する如く、辺りに舞い上がった石を真琴嬢目掛けてあらゆる方位から飛ばした。先程攻撃は、すべて真琴嬢から見て前方の攻撃のみだった。だが今度は上方から後方から、様々な方位から飛び寄り、そして直線状に向かうものもあれば複雑な弧を描いて向かうものもあった。
(流石にこれは避け切れまい。ん……?)
 ピィィィ――
(くっ、またか……)
 攻撃が真琴嬢を捉え切ったと思った瞬間、また私の脳をあの超音波が過った。その時私は本能的に感じた。先程は真琴嬢が力を使う瞬間に過った。ならば今度も同じなのだと…。
「流石のわたしも避け切れないわね……だけどっ! 念動フィールド!!」
「なっ……」
 目の前で説明の付かない現象が起きた。真琴嬢が右手を前に掲げると、向かって行った石はその直前まで接触するとまるでバネにでも弾かれたかのように真琴嬢の周囲から拡散し、そして地面へと散らばった。
「残念ね。私が能力者じゃなかったら確実に届いていたわね」
「フッ、そうか……。不思議なものだ、弾かれても別段驚かぬ。寧ろやはり防がれたか、そんな気分だ」
 直感は確信へと変わった。あの超音波は真琴嬢が力を使う瞬間に感じるものだと。だから防がれた事に対し、別段驚きを感じることはなかった。
「いいセンスね。なら現時点では私に敵わないのも肌で感じてるわね」
「ああ。とてもではないが、勝てる気がせんな。しかし石を砕いた動作といい、先程の私の攻撃を防いだ手といい、原理そのものはどうなっているか理解しかねんな」
「説明するならこんな感じよ。まず石を砕く原理。これは『聖闘士聖矢』っていう漫画の受け売りになるけど、この地球も含めた宇宙に存在するありとあらゆるものは原子で構成されているわ。つまり石を砕くっていうのは石を構成している原子の繋ぎ目を壊すって事なの」
「それは分かる。しかし口で言うのは簡単だが、常人に石の原子の繋ぎ目の破壊などそう簡単に出来ぬものであろう?」
「焦らない焦らない。順番に説明するから。あっ、でも一応一区切り。力を使ったお陰で余計お腹空いてきちゃったし」
「むう、言われてみれば私も……」
 戦いに集中していて自覚がなかったが、昼時ということもあり身体が空腹を訴えていた。もっとも私も真琴嬢のように、法術を使った影響で余計に空腹感が増している気がする。
「という訳でお昼にしましょ」
「ああ」
 真琴嬢の力の原理を今すぐにでも知りたかったが、その探求心よりも今は空腹感の方が勝っており、素直に昼食を取ることにした。



「ふ〜、ごちそうさまっ」
「ではそろそろ説明してくれぬか?」
 真琴嬢が昼食を取り終わったのを確認し、私は昼食前の続きを聞くことにした。
 しかし昼食代を霧島女史からもらい真琴嬢と共に遠野の街に出たが、大型スーパーまであったのには驚いた。ファーストフード店やコンビニエンスストアが所狭しと乱立されている訳じゃないからそれ程の街ではないと真琴嬢は言うが、それでも遠野を民話の里と先入観を持っていた者にしては、充分現代的な街に感じられる。
「確かどうやって石を砕いたからね。それは、まず始めに自分の筋力なんかの石を砕くのに必要な力を瞬間的に掌に集中させるのよ。そして一時的に高まった握力で一気に石の表面を砕くのよ」
「表面?」
「そう。言うなれば空手とかで瓦を連続して割るのと同じ原理よ。あの動作は最初の一枚だけ破壊する力があれば、あとはその割った衝撃で一枚目を割った力より少ない力で割り続けることが出来るわ。
 それと同じで石の表面を砕くとその表面を構成していた原子が破壊され、その破壊により衝撃が生じる。後はその衝撃を利用して勢い付けて粉々にするのよ」
「成程」
「そして石の表面を破壊する為に、瞬間的に掌に力を集める行為。これが私の力の一つよ。
 もっともこれは掌だけじゃなく身体全体に応用出来るわ。足のつま先に集中させれば脚力で石を砕けるし、蹴りの動作に合わせて身体や脚の蹴る動作に必要な部分に流れに沿って力を集中させれば、脚力そのものが増大するわ。
 ただ、あくまで瞬間的に高めるだけだから持続的に力を高めようとすると体全体の負担が大きくなって、最悪筋肉組織などの損傷に至ってしまうわね」
 成程。あくまで体の一部分の力を高めるだけで、しかも一時的という制約がつく力か。体全体の筋肉を一定時間保てるものと思っていたが、あまり万能な力ではないようだ。
「次に貴方が法術で飛ばした石を弾いた能力。あれは俗にいう気の力を体の表面に張り巡らせて石にかけられた法術の力を無効化したのよ」
「力を無効化? そんな事が可能なのか?」
「無効化っていうか力で力をかき消したのね。貴方の法術によって込められた力をより強力な力で打ち負かしたってこと。もっとも、逆に貴方の力の方が強かったら私の力が打ち負けていたわね」
「そうか。ところで真琴嬢が叫んでいた『シャイニング・フィンガー』や『念動フィールド』、あれが力の名なのか?」
「ううん、あれに深い意味はないわ。自分の力を使う時、何か掛け声みたいなのを言った方が力を発揮し易いでしょ。貴方だって法術使う時『ファンネル』って叫んでるじゃない」
 言われてみればこの間「νガンダム」を観てからというもの、法術を使う度に「ファンネル」と叫んでいた。それは確かにあのアニメのファンネルを飛ばす動作が私の法術とイメージが結び付き、本能的にそう叫んでいるのだろう。
「一応言っとくけどファンネルって言葉は漏斗の英訳であって、石は原則的にファンネルって呼ばないわよ」
「む。動作が似ているから別に構わぬであろう」
「そうね。私だって叫んでる技を忠実に再現してる訳じゃないし。あはは〜っ」
 一瞬真琴嬢が見せた笑顔。こう会話をしていると自分より何年も生きている人の話を聞いているようであるが、その笑顔を見るとやはり無邪気な笑顔が良く似合う少女なのだと思ってしまう。
 思えば今までこうやって少女と話し合ったことなどあっただろうか? いや、旅先で声を掛けられる程度のことはあっても、こう面と向かって話し合ったことなど一度もなかった。自分以外の”力持ちし者”と会うのも新鮮な体験だが、何より気軽に異性と打ち解けたのが、何よりも新鮮な体験な気がする。
「しかし、一時的とはいえ自分の力を増大させたり、気の壁みたいなのを張ったりと、私の法術が足元も及ばぬような力であるな」
「あら、私に言わせれば貴方の力の方が凄いと思うわよ。私の力は自分自身の力を高めるぐらいの事しか出来ないけど、貴方の力は他のモノに”生の衝動”を与える事が出来るんだから」
「生の衝動?」
「そうよ。そもそも生命活動もまた原子の衝動によって発してるのよ。貴方の法術は本来生命活動を起こさないものに、生命活動に近い原子の衝動を与える力よ。そう、まるで自ら光り生命体に生きる力を与える太陽のように……」
「生の衝動を与える太陽か……」
 真琴嬢がそう言うのは力持ちし者だからなのか。しかし自分自身どうやってものを動かせるのかは分からない。この力が真琴嬢のいうように、本当に生の衝動を与える力なのかすら……。


…第五話完

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